無色になったら何になる?

こんなブログを読んでいないで、雑多な街へ入ろう。

将来の夢に悩んだら、宇宙兄弟を読もう。

ここのところ、自分の将来に悩んでいました。


むよくは将来
ジャーナリストになって、Wikipedia上の地元のページで著名な人物の欄に載る」ことが夢です。
大きいんだか小さいんだか、欲があるのだかないのだか分からない夢ですね笑
中学生くらいの時から胸に宿っていました。

とはいえ高校・大学で自分の進路を決めるにあたって、こんなことをデカデカと書く人は居ません。
僕も書いたことはありません。

 

むよくもいつの間にか、就職活動の終盤までは、ジャーナリストのジの字もない
全く別の業界を目指していました。こんなこと頭の片隅にもなかったくらいに。

それが、ふと『新聞記者になりたかった』ことを思い出して
方向を転換したのはだいぶ遅く、結果として間に合いませんでした。
正確には、夢を追いかけることに身が入らず、途中で諦めてしまいました。

 
しかし、就職活動も終わり、サークル等の団体活動も終わって、
自分の将来を就活以上に考える時間(THE大学生活といえるような何もない日)が続くと、精神的な余裕もできてしまい、いつの間にか思い悩むのです。

自分の夢ってなんだっけ?
数年後に会社を飛び出そうとは思うけど、そんな悠長にかまえていて良いのだろうか
転職してジャーナリストを目指すってどうなの?

みたいにね。

 

 夢を恥じないこと。困難を乗り越えることを考える物語

そんなこんなで人に会いたくもなくなってしまうほど重度化し、
家に引きこもっているときに読んだのが

小山宙哉さんの漫画『宇宙兄弟』です。

www.moae.jp

 

 

どんな作品なのかという話は、ぜひ手にとって確認してほしい(もしくはアニメ版を見ましょう)ので、ストーリーの説明は省きますが。

漫画第15巻では、月面上での船外活動トラブルが原因で宇宙服を着れなくなってしまった主人公の弟・日々人くんが、ロシアでの任務という名目で、精神のリハビリに取り組みます。

与圧服を来て、数メートル歩こうとするだけでトラウマが出てしまい
ショックで倒れてしまうほどの重症であったため、日々人はそんな現実に耐えられなくなって、2日間訓練をサボってしまいます。


サボり2日目の夜に、居候先の宇宙飛行士イヴァン・トルストイさんから
呼び出された日々人は、酒の席でこう言われるのです。


 (以下のシーンで日々人は『陽気に酒を飲む気分じゃない』と言って、ノンアルコールビールを注文しています)

イヴァン『俺は大丈夫。船外活動くらい平気だ――自己暗示で意識を変えようと、何度もそう唱えたのではないか? できることから習慣づけないとダメだ
できない者が頭のなかで「できるできる」と連呼したところで、それは何の経験にもならん!』

日々人『じゃあ俺は……何をどうすりゃいいってんだよ!!』

イヴァン『まずは……私と酒を飲め』

日々人『・・・』

イヴァン『そのくらいできるだろ。今のお前でも』

 


漫画を読んでいないと脳内には入り込みづらいシーンですが、
これをむよくに置き換えるとこうなりました。


■自己暗示で意識を変えようとしている
→自分は将来転職する。本当にやりたいことにチャレンジする。
 だから今の道のままでも大丈夫、大丈夫だ。
 これから数年後に再チャレンジすればいい、まずこの会社で頑張ればいい…

 

そんなことをずっと頭で考えて、ぐ~るぐ~ると悩んでいました。

何も活動することがなくなった大学4年の後半。ということもあり、家から一歩も出ない日が多く、自分は本当にこのままで良いのかという不安が日々大きくなっていました。
動かないから不安が募り、できるという自信がどんどん減る自分に対して、
ただひたすらに「できる、できる。」「きっと大丈夫」と暗示をかけていたのです。


結果としてむよくは、日々人と同じように現実を逃避していました。
そんなときに、グサッと来たのが今回のセリフです。

 

大事なのは『できる』という経験を増やすこと

暗示で自分を鼓舞するのは、いつでもできて、簡単かもしれませんが
結局は、経験として蓄積されるものではありません。

たとえ乗り気じゃなくても、自分を動かして、
経験として一つ一つ何かを始めないと、歩みを始めないと
”自分が期待している自分”には、いつまで経ってもなれっこない。

 
乗り気じゃないなら、乗り気になるようにしていく。
できないなら、できることを増やしていく。
将来なりたい姿があるなら、頭で悩まない。なりたい自分に近づくための、小さな経験を増やす。

そういうことが大事なのだと気が付きました。

本を読むことでも、外を散歩することでも、何でもいいんです。
まずは自分にできることを、増やしていかないといけませんね。

ありがとう、宇宙兄弟!はやく30巻を読みたい!

核融合炉もフォトンバッテリーもない現実を直視してみる。

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先日買った1/144スケール、GのレコンギスタYG-11(Gセルフです。
核融合炉エンジンじゃなくて、フォトン・バッテリーなる未知のエネルギーで動いてます。
現実世界では原子力が忌避されてしまう時代ですから、アニメにも反映されたのでしょうか? ロマンを感じますね。

 

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現実の宇宙空間って真っ暗なのだろうか。それともちょっとは明るいのかな。
よう分かりませんが宇宙にはロマンがあります。もうちょっと未来に生まれたかった。

 


きのうは祝日でしたが、友人に誘われて原子力発電環境整備機構:NUMO(ニューモ)
地層処分意見交換会に足を運びました。経産省が所管の組織だそうです。

地層処分とは、原子力発電所で使い終えた使用済み核燃料を地中深くに埋めて処分しようという試みのことです。北海道では幌延町の深地層研究センターが、そのための研究を行っていますね。

 


”何の知識がなくても参加できる意見交換会”

とのことで、ゼロベースで有意義な議論話を間近に聞けるだろうと思っていたのですが‥‥‥現実はそうもいきませんでした。
祝日におごそかなホテルの会場を使って開催している時点で、「若者は確実に来ないだろうな」と推測ができたため、参加する市民の方々にどんな思いを持った人が多いかをある程度覚悟して行きましたが、まあ実際に参加してみると、すごいですね。

 

いくら地層処分が原発関連のテーマで、資源エネルギー庁の人が登壇していたからと言っても、その日の議論とは趣旨が異なる『原子力発電所再稼働の是非』とか『再稼働している中でそんな話をされても”信頼”できない』なんていう
脱線を招く意見や感情論を持ち込むのは、まず議論に参加する側として考えを改めてほしいと思いました。


『こういう場で発言をしても全く反映されない。だからあなたたちを信頼していない』

なんて発言を、貴重な質疑応答の時間でされても、いち参加者という僕の立場からすれば
はっきり申し上げて「そんなの知ったことではない」のです。その言葉の背景にどんな事情があるにせよ。そもそも言うべき相手が違うのではないでしょうか。

特に気になったワードは「信頼」ですね。
誰の視点に立つかは弁論者に任されて、しかも使えば正義的な味が出てくる。
これが本当に多用されていて、使い勝手の良い単語だなと感じました。

 

この問題について危機感を感じていて、真剣に取り組みたいのであれば
草分けのNPOや市民団体などで中途半端な活動はせずに、議員や行政職員になったほうが遥かに、思いを行動に移していると思います。
コードギアス反逆のルルーシュで例えるなら、枢木スザクのような立場に立つほうが僕はかっこいいと思います。

市民活動の域に留まっているだけで”自分たちは活動的な立場に居て、国民の代弁者として政府に立ち向かっている”と思いこんでしまうのは、非常に残念です。

 

 

若い世代が一度は聞いたことがあるであろう言葉で、僕の気持ちを表現するなら
批判より提案を」がまさに当てはまります。

やる側とやられた側がお互いに責任を押し付けあっていては、いつまで経っても話が前に進みません。国も市民も、お互いに立場がありますからね。

 

国に何かしてくれと頼むのではなく、自分が国のために何ができるかを考えよ
言っていたジョン・F・ケネディの言葉を、ご年配の方々にぜひ一度考えていただきたいと思います。

 

 

あと、若者が参加しているからと言って『若い人からも何か言ってやってよ』と市民の方から僕に同調を求められるのが本当に困りました。

「若者のために」とか「子ども」という言葉が、世間では政治的問題が現れるたびに、使い勝手のよいキーワードとして出てきますが、

当の本人からしたら、自分の意見が年上の世代に拘束されてしまう。
暗黙の了解に従わなければいけないので、ありがた迷惑な面があります。

 

若者が意見を発信しないから、年寄りは自分たちの意見に同調していると勘違いするのです。
僕はなんだかんだで意見なんて言えませんでした。

公選法が改正されて、18歳以上の若者も選挙権を得ましたが
議論のレベルはまだ「投票に行ったか・行っていないか」の段階です。
このような入り口で満足せずに、もっと踏み込んだ面にも目を向けて、口を開かないとダメですよね。

いままで年上の大人たちに任せてきた面倒事を、自分の頭で考えていかないとね。